東京地方裁判所 昭和28年(ワ)1267号 判決
原告 佐藤新三郎
被告 京田進
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事由
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金二万六、五〇〇円を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との、且つ仮執行の宣言の附いた判決を求め、請求原因として次のとおり述べた。
「原告は、昭和二五年五月一〇日、被告に対し、東京都中野区新井町二〇八番地所在、家屋番号同町二〇八番、木造ルーフイング葺平家建住家建坪一六坪五合中東側の六坪五合(六畳、三畳、玄関半坪、押入半坪、廊下便所一坪)の家屋を、賃料一カ月につき金一、〇〇〇円、毎月末日持参払の約束で、期間の定めなく、賃貸したが、昭和二八年二月一五日、被告は右家屋を明け渡し、前記賃貸借は当事者の合意によりここに終了した。しかるに被告は右賃借中の賃料、昭和二六年一月一日から昭和二八年二月一五日まで、約定の一カ月金一、〇〇〇円の割合による合計金二万六、五〇〇円の支払をしないから、ここにその支払を求める。」
被告の抗弁に対し、
「原告は本件賃貸借につき、敷金、権利金その他いかなる名義でも、被告主張のような金員を受領したことはない。
また被告主張の増築について原告が承諾を与えたという事実も否認する。原告は、間口四尺奥行六尺の範囲においてのみ承諾を与えたのに、被告は間口六尺奥行九尺のものを附加建築したのである。しかもこれは借家法にいう造作には当らない。
被告がその主張のような修繕をした事実は認めるが、これは不必要のものであるので、原告はその費用償還債務を負担しない。
なお仮に被告に何らかの反対債権があるとしても、その額を争う。」と述べた。<立証省略>
被告は、主文通りの判決を求め、次のとおり答弁した。
「原告主張の賃貸借成立及びその終了の事実並びに右賃貸借に基き被告が原告主張の通りの賃料債務を負担した事実は争わないが、被告は原告に対し次のような原因に基き反対債権を有するから、被告は本訴において、これと原告の賃料債権と対当額において相殺の意思表示をする。
一、本件賃貸借契約に当り、被告は原告から、敷金として金四万五、〇〇〇円の支払を求められ、まだ右建物の完成前の昭和二五年一月中内金三万円を、またその後の同年五月九日残金一万五、〇〇〇円を支払つたので、原告に対しこれが返還債権を有する。
二、被告は原告の承諾を得て本件賃借建物に台所を附加建設した。右の増築部分は借家法にいわゆる造作に相当する。よつて本訴においてその買取を請求するが、その代金としては金一万円を相当とする。従つて被告は原告に対し同額の代金債権を有する。
三、被告は本件建物につき、屋根の修繕をし、その費用として金三、〇〇〇円を支出し、また畳の表替をし、その費用として金二、五〇〇円を支出した。従つて原告は被告に対し右費用合計金五、五〇〇円を償還すべき義務がある。
よつて原告の賃料債権は右相殺によつて消滅したから、原告の請求には応ぜられない。」と述べた。<立証省略>
三、理 由
原告主張の賃貸借成立、及びこれが当事者の合意により終了した事実、並びに右賃貸借契約に基き被告が原告に対し昭和二六年一月一日から昭和二八年二月一五日までの賃料として合計二万六、五〇〇円の債務を負担した事実については、当事者間に争いがない。
証人鈴木吉太郎、京田喜平治の各証言によれば、原被告間の前記家屋に関する賃貸借契約は、右家屋建築工事完成前にすでに予め決定されていたものであることが明らかであるが、なお右京田証人の証言によれば、右賃貸借契約に関し被告からその父京田喜平治を通じて原告に対し、その当時に金三万円、更に右家屋が完成し被告がこれに移転してきた前後に金一万五、〇〇〇円合計金四万五、〇〇〇円を支払つたことが認められる。証人酒井かね子及び原告本人尋問の結果中これにてい触する部分については、たやすく信用し難い。
被告は右金四万五、〇〇〇円は敷金として支払つたもので、これが返還債権を有すると主張するが、前記京田証人の証言によれば、これはむしろ借家権利金として支払われたものと認定するのが相当である。ところで本件家屋は地代家賃統制令第二三条所定の除外事由のいかなるものにも当らないこと、弁論の全趣旨に徴し明らかであるので、右家屋に関する賃貸借については、同令第一二条の二により借家権利金の受領は禁止されている。従つて前に認定した通り被告から原告に対し右家屋賃貸借の借家権利金としてした金四万五、〇〇〇円の支払は、法律上の原因がなくしてされたということになり、原告は被告に対し、不当利得として、これが返還をなすべき義務あるものといわねばならぬ。(右返還請求権については民法第七〇八条本文の適用もないものと解せられる。)被告は敷金としてその返還請求権があるというが、これはもとより法律的知識のない被告本人が、敷金と権利金との区別も弁えずに、要するに本件賃貸借契約締結のとき支払つた金員の返還請求権を主張するものであつて、もしその金員の性質が権利金と認定せられるならば、予備的に不当利得に基くその返還請求権をも主張する趣旨に解するを相当とする。
してみれば、被告の本件相殺の主張はその理由があることとなり、原告が本訴の弁済を請求している賃料債権は被告から原告に支払つた前記金四万五、〇〇〇円の限度で、相殺により消滅したものというべく、原告の本訴請求は結局これを認容するによしなきものである。
よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 入山実)